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笑進笑明なえがお [日記]

からだとからだは遠くにいても、
想い続けていることが大事だったりはしないかい?
そんな感情が何にも生み出さないことは知ってるよ。
くだらないと笑われるかな。
でも、そんなゴミみたいな感情が、
明るい明るいエネルギーになったりするんだよ。
誰かの人生を明るく照らすこともあるかもしれない。


私の大好きな高知に住んでいる書家の、
日浦駿介くんに逢うことができた。
たとえば、合コンで、新しく誰かと知り合う機会なんてたくさんあるし、
人と人が出逢うなんて、日常茶飯事で、
これだけの人が同じ世界に生きていれば、
出逢うなんて当たり前のことでたいしたことではないかもしれないけど、
私がしゅんくんと出逢えたことは、
涙が出るほど、いとおしくて嬉しい瞬間で、
これまでのすべてのことに感謝しなくてはいけない出来事だった。


しゅんくんと、なぜ出逢うことが出来たかを辿っていくと、
恐ろしいほどの偶然の積み重ねだったりする。
私が役者を志して、劇団に入団し、
自分の意思ではどうすることも出来ないキャスティングで、
たった2つの役をやったことがきっかけだったりするから。
わかる人にはわかる「BLACK FLAG BLUES」という芝居で、
砂記という役をやりつつ、
ダブルキャストだったので、もうひとつのチームのときに前説をやったこと、
そして、「スケッチブック・ボイジャー」という芝居で、揚飛という役をやりつつ、
これまた前説をやりながら、劇中歌のコーラスのレコーディングをしたという、
はたから聞いたら、なんのことやら、全くわからない偶然で、
音楽というものに関わることが出来て、
そんなことがめぐりめぐって、しゅんくんと知り合うきっかけが生まれた。


しゅんくんは、高知に住んでいる書家。
10万人に数名の難病と闘っている車椅子の青年。
「家族性ケイ性麻痺」。
治療法はなく、進行性のものだそうだ。
しゅんくんは、今、歩くことも話すこともできない。
私がしゅんくんと出逢ったのは、
音楽がきっかけで、しゅんくんの作詞した曲を聴いて、
単純に心が揺り動かされた。
しゅんくんが病気とか車椅子とかは知らないところで。
その後、しゅんくんとは、高知と東京という遠距離なのに、
メールで会話をすることができるようになった。
文明の利器ですなぁ。
そう、実際のしゅんくんは話せないのに、
どんな風にしてメールを打ってくれているのはわからないけど、
メールで、ごく普通に、19歳の男の子と、31歳の私が、話をしていたのだ。
想像すると、怖くなる。
私はしゅんくんのことは、何もわからない。
どんな風に生活をして、どんな風に19年間生きてきたか。
ご家族の支え、
しゅんくんの心の強さ。


笑進笑明。
単純にしゅんくんの言葉に突き動かされて、
私はしゅんくんに出逢ってしまって、
何度も、メールで話をしていた。
本当に辛い時に支えてもらったこともあったんだ。
逢いたいね。
いつか必ず逢いに行くからね、と。


私が高知に行く前に、
それが、叶ったのが、11月5日。
しゅんくんの作詞した曲がCDになって全国発売される。
その日にレコ発ライブが行われて、しゅんくんが東京にやって来るのだ。
私はたまたま移動日で、札幌から神戸に行く途中に、
東京に寄り道する時間があるらしい。
奇跡的に、神様がスケジュールを開けてくれたのだと思う。


しゅんくんが難病であることは、もちろんわかっているけど、
そんなのは感じないところで、出逢ってしまって、
私はしゅんくんを書家として、ただ尊敬していた。
実際、ライブハウスにつくと、
そこには、わかってはいたけど、
車椅子に乗ったしゅんくんがいた。


私の想像より、大きかったな。
身体もそうなんだけど、
存在が。
写真でしか見たことがなかったから。


しゅんくんは私のことを美喜ちゃんと呼んでくれている。
それは、かなり年上だけど、そう呼んでと始めに約束しちゃったから。
ばたばたと挨拶をした。
会話の方法はしゅんくんに聞いていたけど、たくさんの人がいて、
私からの挨拶だけで終わってしまった。
しゅんくんはたぶん、みきちゃんをわかってくれた。
笑顔だったから。
出逢ってしまった。
メールでなら普通に会話をしていたしゅんくんは、
やっぱり、話すことはできない男の子だった。
でも、心はわかっていたよ。
メールでたっくさん話をしてくれたしゅんくんの目と、
笑顔を見たら、言葉なんかいらないと思った。
驚いたのは、ご両親。
しゅんくんとメールでやりとりをしていた私を、認識してくださり、
やっと逢えたぁ~~と抱き合って感激してしまった。


ライブはもちろん素敵だった。
彼の気持ちを歌声にしてくれる中川あつおさん。
何回かお話をしていたけど、
その日は彼にとっても特別だったと思う。
絶対にみんなが彼を応援する。
なにか自分に出来ることはないかな。
そんな気持ちのこもったライブだった。
会場には、しゅんくんが、こころを込めて、
ゆびに筆をつけて書いた歌詞の一言一言が壁一面に貼られていた。
そんな空間に立たされたら、前を向いて、しゃきっと生きるしかないよな。
私なんか。


しゅんくんはその4日前に20歳の誕生日を迎えた。
私は誕生日プレゼントに、選びに選んで、
自分が出演している舞台のDVDを2本プレゼントした。
いつか必ず、生の舞台を観に来てね、という約束つき。
またひとつ、自分が生きる目標が出来てしまった。
しゅんくんに観てもらうまでは、頑張らないと。
誕生日って、歳を取れば取るほど、
その人のご両親に感謝する日になってきてる。
自分が子供を生んでもおかしくない年齢になってきて、
人がこの世に生まれることを感謝する気持ちがどんどんと、
強くなってくるから。
20歳になったしゅんくん。
おめでとう。


ライブの後に誕生日のお祝いをしたときに、
そばにいたご両親が、嬉しいと、涙を流していた。
一緒にお酒を飲みながら、
大変だった頃、泣いてばかりいた頃があったと話して聞かせてくださった。
そんなご両親の姿に、胸が詰まった。
20歳まで立派に育ったしゅんくんと、
しゅんくんの希望溢れる未来と、
その未来を大切に支えて育ててきたご両親に、
ありがとうという気持ちを心からたっくさん贈りたかった。


しゅんくんは、膝に文字を書いて話をしてくれた。
ゆっくりゆっくり文字が生まれる。
彼の書いた「やくそく」という言葉。
いつも簡単に使ってる、約束という言葉。
目に、心に、焼きついている。
高知でしゅんくんの書き下ろしに行ってみたいよ、
色紙、持って行けばいいの?なんて話をしたら、
「からだ」って書いた。
からだだけ持ってこいと。
わかった。必ず、高知に行くよ。


しゅんくんのまわりにいる人はみんなきらきらと素敵だった。
お姉さんがしゅんくんと話している姿。
すてきだったなぁ~。
指なんて使わずに、ほんのちょっとの言葉と、
目や顔の動きで、気持ちが伝わる。
そうだよね、言葉なんて、ちょっと便利な手段なだけなんだよね。


別れる時、もう一度彼は、
膝にゆっくり「あ」「り」と書いてくれた。
わかったよ、わかってる。
こちらこそ、ありがとう。
しゅんくんのいるこの世界に感謝。


しゅんくんの笑顔、最高だった。
そんなしゅんくんは、ライブでこう書いた。


「今はありがとうしか言えない」
「みんなの笑顔が大好きです」


笑進笑明、最高のみんなの笑顔。 つづく


はぁ~出逢えてしまった。(独り言)


私の人生を変えたしゅんくんの言葉。
是非、みなさんにも知ってほしい。
興味を持った方、是非、HP観てください。
http://shoushinshoumei.com/


11月9日朝のNHK総合7:00~7:45の「おはよう日本」でも、
紹介されます。そちらも、早起きして、見てください。


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